お役立ちコラム

心が伝わる時

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心が伝わる時

ある病院でのこと。

ある夏の日、入院中の患者さんの箸がなくなってしまいました。
どうやら、食後、患者さんが眠っている間に、職員が下膳した際に、一緒に患者さんの箸を下げてしまったようなのです。

患者さんは、70歳近い男性で、だれもが名前を知っているような一流商社で役員まで務めたという方でした。若い頃は最前線で誰よりも戦ってきた歴戦の企業戦士だったことでしょう。
気難しいところがあり、看護師も気安くはなしかけることができずにいました。
亭主関白を絵に描いたような方で、無口なご主人の身の回りのことは、奥様が甲斐甲斐しくこなしていました。
いつも無表情で、奥様の入れたお茶を黙って飲むような方でした。
そんな、誰よりも怒らせてはならない患者さんに限って、粗相が起きてしまう、ということもよくあるものです。

そんな患者さんが、箸がなくなったことに気づき、
「下膳したのは誰か?」
と看護師に問いました。
下膳したのは、事務職から転職してまだ慣れていない24歳の看護助手でした。
患者さんがお怒りになっていると看護師から聞き、上席者であるわたしも同行して、看護助手と一緒に患者さんの病室に向かいました。

患者さんは、凄まじくご立腹で、絶対に許さないという憤りがその様子から伝わってくるのでした。
しかも、よく聞けば、その箸は、娘さんからの還暦のお祝いのプレゼントだったそうなのです。娘さんも、商社マンと結婚し、いまはその夫の赴任に付き添って中国で暮らしているそうです。その中国で、特別に作ってもらい、帰国時にプレゼントしてくれた箸だとのことでした。
患者さんにとっては、世界に二つと無い宝物だったのです。その箸がなくなったのですから、患者さんのお怒りはごもっともでした。
「見つかるのか?」
「見つからなかったらどうしてくれるのか?」
「弁償して済むようなものではない」
と、患者さんの話は繰り返すばかりでした。
看護助手は、患者さんのあまりの剣幕に、お詫びの言葉も出ず、ただただ恐さに震えながら下を向いていました。

「そうこうしているうちにも、他のゴミに紛れて箸が廃棄されてしまうかもしれない」
と思った私は、
「申し訳ございません。ともかく今すぐ探させてください」
と申し出て話をなんとか区切りました。
そして、看護助手と二人であらゆるところを探して回ったのです。病室の前の廊下、ワゴンが通った経路、エレベーター、栄養科、廃棄物置き場、さらには、箸が行くはずもないナースステーションの中の隅々まで。生ゴミのバケツの中まであらためました。まだ暑かったため、強烈な匂いでした。
それでも見つからず、もう一度、病室から探して回りましたが、結果は同じでした。

そして、夜、二人で病室に患者さんを訪ね、報告とお詫びをしました。
もちろん、患者さんの怒りは増すばかりです。
「とにかく、3日間、探させてください」
「それでも見つからなかったらどうするのか?」
「病院から、保険が下りますが、それは微々たる金額です。大切な娘さんからのお祝いの品の代わりには到底なりませんが、今お約束できるのはこれだけです。しかし、とにかく探します」
翌日から、わたしと看護助手は、朝の業務前と昼休み、夕方の業務後に、二人で病院の隅々まで探しました。
しかし、どうしても見つかりません。
もし廃棄物に紛れていたとしても、あらゆる廃棄物は一切が、もう院外に持ち出されてしまったと考えられました。

ついに3日が経ち、二人で報告に行くと、患者さんはもはや
「話にならない」
といった様子で、口も聞いてくれませんでした。保険で下りた数千円の賠償金が入った封筒には一瞥もくれず、返事もしてくれませんでした。私たちには、その怒りと無念さは痛いほどわかりました。
「これで患者さんの信頼は永久に回復できない」
と私たちは思い知らされました。

しかし、病室を出た時、看護助手がこう言ったのです。
「わたし、もう少し探してみます」
こう言われて、わたしも一緒に探すことにしました。
翌日も、その翌日も、二人で時間を見つけては探したのです。
しかし、見つかることがないまま、7日が経ってしまいました。
「1週間経った。一度、患者さんに報告にゆこう」
そう彼女に提案して、二人で病室を訪ねました。
「実は、あの後、二人で毎日時間を見つけては院内をくまなく探したのですが、
やはり見つかりませんでした。お詫びして済むことではありませんが、申し訳ありませんでした」
と二人で頭を下げたのです。

思いが伝わる瞬間

すると、新聞を睨んでいた患者さんの表情が変わりました。
「あの後も探してくれていたのか」
と驚かれたのです。
「わたしなら、保険金を渡したらそこで終わりだ。それなのに、きみたちはずっと探していたのか」
とつぶやくような声で言ったのです。

それ以来、患者さんは、その病棟の多くの職員のうち、その看護助手にだけは好んで話しかけるようになりました。他の職員がみたこともないような優しい顔で、いつも名前を呼んでくれたのです。
以前の勤務先の元同僚や後輩たちが見舞いに来るたび、彼女をわざわざ呼んでは
「もう一人新しい娘ができた。こんなにいい子はいない」
と、実の娘のように紹介して自慢してくれたのです。

やがて秋も深まり、患者さんの病状は確実に進行し、心身が目に見えて衰えてゆきました。
そして、12月の初旬の深夜、その患者さんは奥様と、中国から駆けつけた娘さん夫婦に看取られて、とうとう息を引き取りました。
看護助手が、まさか今夜急変が起こるとも知らずに帰った後のことでした。

あんなに可愛がってくださった患者さんが亡くなったことは、彼女にとっても、実の家族を亡くしたように大きなショックだったことは言うまでもありません。
しばらくの間、仕事が手につかない様子の日が続きました。

そして、クリスマスが近づいた頃、その看護助手は
「こんなにつらいことがあるとは思いませんでした」
と退職を申し出てきたのです。

年末に入るとともにそのまま退職してしまうのはあまりにも惜しく、わたしは、
「年が明けてからもう一度だけ話し合おう」
と答えて返事を保留にしました。
時間が経つことで、気持ちが変わることを、ささやかながら願ったのです。

働くことへの思い

そして、年が明けた最初の勤務の日、その看護助手は、1日業務を果たした後、制服のまま私のところにきて言ったのです。
意外にも、
「わたし、もう少し頑張ります」
と。
その手には、一枚のハガキがありました。
患者さんが生前に出して下さった彼女あての年賀状が、病院に届いていたのでした。
そこには、
「人生の最後に、もう一人、こんなに良い娘ができるとは思わなかった」
といったことが書かれていたそうです。

箸を無くしたことは、どんなにお金を払っても済まされない取り返しのつかないことでしたが、彼女の不器用ながら真摯な姿勢が、患者さんの心に届いたのです。
コミュニケーションとは、言葉や立ち居振る舞いのことではありません。むしろ、言葉や立ち居振る舞いでは伝わらなくても、二度と届かないと思っていた相手に心が届くこともあるのです。
それが本当のコミュニケーションです。

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