天使の申し送り

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天使の申し送り

ある地方の病院での出来事。小児病棟に長く入院していたM君の話です。M君は小学校2年生の時に重い慢性疾患に罹り、6年生になる今に至るまでK総合病院の小児科病棟へ入退院を繰り返してきました。重い病気に罹っているM君ですが、性格はいたって陽気で快活。今日、4か月ぶりに病院に「帰って」きました。

みんなを元気にしてね!

「また、戻ってきました!みなさん、よろしくお願いします」
それがM君の第一声でした。顔色は土気色。前に退院した時よりも随分と痩せこけて疲れが顔ににじんでいますが、M君の声は高らかに病棟に響き渡りました。無理に笑顔を浮かべているようで、それが看護師さんたちには痛々しく感じられましたが、心の片隅で「M君、おかえりなさい。またみんなを元気にしてね!」と少し期待する気持もあったのです。

もちろん、M君が完全に回復してもう二度と病院に戻ってこないことが理想ですが、M君の病気は寛解したと思ったら悪化するといった厄介なもので、「入退院を繰り返す」のが宿命的な疾患のようなのです。

ずいぶんと具合の悪そうなM君でしたが、10日もすると顔色も良くなり動きも活発になってきました。まだまだ遊び盛りの年頃なので、ずっとベッドに寝ていることもせず、病院のいろいろなところを“探検”したりするようになります。

もう、何度も入院している「ベテラン」の患者ですから、病院の隅々まで熟知していて、時には新人の看護師さんや事務さん顔負けの「知識」や「気づき」を披露したりします。
「受付のところのボールペン、インクがなくて書けなくなってるよ」
「さっきのおじいさん、レントゲン室の場所がわからなくなったみたいで、ぼくが案内しておいた。前にも迷っているところを見たことがあるから、だれかが毎回一緒についていった方がいいよ」
「車椅子の置き場所は、1階がリネン室の前、2階がエレベータの横。床にテープで場所が記してあるから、その中に畳んで停めておいてね」

そのようなことを進言しても、相手に「知ったかぶり」とも「偉そうに」とも感じさせないところがM君の才能で、スタッフの人たちも無意識にM君を頼りにしたりします。
「M君、〇〇ちゃんが検査室から戻ってきたら教えてくれる」
「△△ちゃんのおかあさんがお見えになったらナースステーションに声かけてね」
「●●君にトイレの場所教えてあげて」

何を頼まれてもM君は嫌な顔ひとつせずに、「了解!」と声を張り上げ応じてくれます。看護師長さんはときどき看護師さんたちにM君に用を言いつけちゃだめよ、と注意をするのですが、その師長さんからして、「M君、ちょっと手伝って」とこまごまとしたことを頼んだりしています。

M君の才能

「M君はなぜ、人に頼まれたことを嫌な顔ひとつせずにやれるんでしょうね。ウチの従業員たちにも見習ってほしいですよ」
ある日、事務長のKさんが会議の場でぼそりとこう言いました。
「私もそれが気になっていたので、以前、M君にたずねたことがあるんですよ」と、看護師長さんが言いました。「すると、彼はこう言ったんです。『ぼくに用をお願いした人がよろこぶ顔を見たいから。人が喜ぶ顔を見るとぼくも嬉しいから』って」

事務長はその後、意識してM君の行動を眺めているうちに「なるほど」と深く納得しました。
入院して二週間もたつと、M君はすっかり病院の人気者。M君に声をかけられると、病院のスタッフも入院患者の人たちも、みんな笑顔になります。小児病棟だけでなく、一般病棟の患者さんたちとも休憩室で気軽に声をかけ、あっという間に仲良くなってしまいます。
看護師さんたちは「あの才能はすごい」と噂し合っています。

誕生日のプレゼント

入院中のM君のもとには、おかあさんが週に2~3回ぐらい、おとうさんは仕事が休みの土日にお見舞いに来ます。
「誕生日のプレゼント、何がいい?」
入道雲がむくむくとわき起こっている真夏の日曜日、お見舞いに来たおとうさんがM君にたずねました。M君の誕生日は次の週の日曜日です。
「地球儀がいいな」とM君は言いました。
おとうさんがそのわけを聞くと、「ぼくは病気でどこにも行けないけれど、地球儀を見て想像することはできるよ。世界中のいろいろな国に行くのを想像するって、すごく楽しいんだ。今日はアフリカ、明日はブラジル、あさってはオーストラリア。南極にだって行ける」

入院して半年ほどたったある日、M君の容態が急に悪くなりました。数日前から風邪をひいたようで、それが引き金となり本来の疾患に悪い影響を与えたようだと主治医の先生は診断しました。
1週間、2週間と時がたつにつれ、ますます元気がなくなり、ベッドに寝た切りの状態となり、何も食べられず終始うつらうつらしているような状態が続きました。
やがて、名前を呼んでも返事ができない状態となり、息は荒く意識も朦朧となり、先生は一刻を争う事態になったと判断しました。
おとうさんとおかあさんが呼ばれ、先生や看護師さんたちが代わるがわるやってきて緊急の処置を施します。しかし、M君の容態はよくなりませんでした。

そして、クリスマスを3日後に控えた寒い朝、M君は静かに息を引き取りました。
看護師長は、テーブルの引き出しに、A4判の紙に書かれたM君のメモを見つけました。そこには次のような「申し送り」が鉛筆で書かれてありました。

『もうしおくり。
もうすぐ、ぼくは、しにます。ぼくがしんだら、おとうさんに買ってもらったちきゅうぎはFくんにあげてください。ゲームはIくんとSくんに。
〇〇のおじいちゃんは、あさ6時に起きて、だんわしつでたいそうをします。ときどき、足をすべらせ、ころびそうになるので、みまもっていてください。
まくらもとのミニサボテンは、だれかぼくのかわりに育ててくれますか。3しゅうかんに1回ぐらい水をあげてください。
れいぞうこのリンゴは、びょうしつのみんなでわけてください。
びょういんは楽しかったです。みんなとあえなくなるのはさびしいけど、ぼくのことわすれないでください。おねがいします』
(医療コミュニケーション協会 須田)

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