医療者の揺れ動く感情

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医療者の揺れ動く感情

新型コロナウィルスの蔓延により、多くの人が家族を失うことになりましたが、最前線で治療やケアにあたる医療者も、多数の患者さんの死に直面することになりました。このような未曾有の経験の中で注目を集めることになったのが、「専門識者の悲観(professional grief)」です。

パンデミック時の医療者の苦痛

今でこそCOVID-19の治療方法は、十分とは言えないまでもある程度は確立してきましたが、流行の当初は手探りの対処を余儀なくされていました。なすすべもなく亡くなる患者さんを前に、「対処が早かったら、ケアの体制が十分だったら、この人は助けることができたのではないか」との罪悪感や後悔、あるいは持って行きようのない怒りを抱いた医療者が少なくなかったと聞きます。
また、感染防止のために、家族などとの面会も制限せざるをえず、孤独の寂しさの中で亡くなっていく患者さんや、最期のお別れをすることも叶わない家族の姿を目にすることも大変心苦しかったでしょう。時に、患者さんや家族のために病棟のルールやむなく曲げることもあったと涙ながらに話す医療者の方々もいました。
最善の医療ケアを提供する専門者として、自らの信条に添えない対応しかできない状況に、多くの医療者は「道徳的苦痛(moral distress)」を感じていたはずです。しかし、次々と運ばれてくる患者さんへの対応で手一杯であり、患者さんの死を悼む時間的・精神的余裕がなく、さらには医療者自らが感染し、重症化し亡くなるケースもあったのに、過重労働が続く現場では、同僚の死を悲しむ余裕さえなかったと聞きます。
そんな、いわば地獄の様相を呈する現場の感染状況が収まっても、一部の医療者は、「自分が生き残ったことに対する罪悪感(survivor’s guilt)」に苛まれました。

求められる感情の抑制

こうした専門識者の悲観(professional grief)の在り様は、実はパンデミック時に顕在化するものの、日常の医療現場の中でも十分に散見することができます。たとえば、看取りの場を見てみましょう。医療者はさまざまな看取りの場を経験し、そのたびに「感情的苦痛」を味わいますが、その感情をそのまま表出することは、未熟さ(プロ意識・スキルの欠如)の表れとして否定的に評価され、医療のプロとして不適格というステイグマ(負のラベル化)を与えられてしまうこともあります。その恐れから表出する感情を封じ込めることを余儀なくされます。
さらには、感情を強く喚起することが予想される終末期の患者さんとの関りを意識的に避けたり、家族との間に明確な境界を自ら設定したりする「感情の封じ込め」を行うことも求められます。

感情コントロールの難しさ

感情の表出を抑えるという意識とは裏腹に、一方で医療者は患者さんや家族に対して、「共感態度」を示すことも求められます。「何よりも患者さんに寄り添うことが医療者のあるべき姿」というテーゼが新人時代から事あるごとに言われ続けているのです。こうした、ある意味では相反する感情の持ち方に対し、医療者は非常に困難な感情管理を求められ、自分の中の感情と常に闘い続けているのが現実です。
医療者の感情コントロールは、長年の訓練と経験を通して徐々に身についていくものですが、こうした技法は、医療者が患者さんの死に遭遇したときに、感情の高波から身を守り、与えられた職務を手際よく全うするために必要な戦略になっているとも言えます。
特に患者さんの家族は、医療者に「どんな困難にもびくともせず、病いや死といった危機をせき止めてくれるスーパーマン的な役割」を特に医師に期待している部分があります。ですから、医療者の、どうしたら良いのかわからないといった途方に暮れた態度や、泣き崩れたり悲しくて何も手につかないとった人間的な感情発露は、「一緒に悲しんでくれている」といった正の感情ばかりだけでなく「医療者は患者や家族とは同じ地平ではなく、もっと高みの場にいるはずだ」という家族らの負の思いに水を差すことにもなりません。医療者の感情コントロールが非常に難しい所以です。

医療者の悲嘆の封じ込めは、医療者が悲嘆と向き合うことで得られたかもしれない「何か」を失うかもしれないという指摘もあります。患者の死をめぐる実存的な側面、たとえば苦悩や悲嘆や不確実性などに向かい合い、じっくりと内省することは医療者であることの意味を再確認する契機ともなるし、成長にもつながるという捉え方ですが、これも一つの見識というべきかもしれません。
(医療コミュニケーション協会 須田)

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