アクノレッジメントがコミュニケーションの基本
このコラムをお読みになっている方の中には、コーチングを学んでいる方もいらっしゃるのではないでしょうか。コーチングの学びの中では、アクノレッジメントがとても大切な概念として紹介されます。アクノレッジメントとは、「認める」「承認する」ことを指します。挨拶や感謝の言葉である「おはようございます」「ありがとうございます」はシンプルなアクノレッジメントで、その言葉の根底には、「相手の存在そのものを認める」という意味が込められています。人は、「いつも気にかけてもらっている」「変化に気づいてくれている」と実感したときに、相手への信頼度が向上します。その結果、気持や行動が前向きになり、身体に活力が沸き、仕事への取組みが意欲的になっていきます。ゆえに、相手に寄り添い支援するコーチングでは、アクノレッジメントをとても大切に扱います。
しかし、特に職場などで組織間の対立が起こったときなどには、多くの人が相手を認めることを良しとせず、自分の「正しさ」だけを主張しがちになります。ここには、アクノレッジメントは存在しません。自分の正しさを訴えるということは、「自分の考えの方が、絶対に問題解決に繋がるんだ」という思い込みが根底にあります。
組織の上の人たちや経営レベルの人たちは、得てして、なるべく対立は避けたいと思うものです。ですから、「お互い、領空侵犯はナシにしましょう」という暗黙知のような空気が組織間で醸成され、分かり合えないまま、問題が解決されないまま、時が過ぎていくという負のスパイラルに陥る例が実に多く見られます。
その、「自分の考えの方が、絶対に問題解決に繋がるんだ」という思い込みを一度、疑ってみてはどうでしょう?基本は、「私は正しい。そしてあなたも正しい」です。
「わたしは正しい、あなたは間違っている」ではなく、
「わたしは正しいし、あなたも正しい。だから話そう」。
前者は「自己主張」、後者は「対話」の姿勢です。
日本では、人と意見を交わす場合、残念ながら前者が多いように思います。対話ができる人が少ないのでしょう。さらには、「自分の正しさを証明するためには、他人やほかの意見は間違っている必要がある」と思っている人が多いのだろうと思います。
「お互い、領空侵犯はナシにしましょう」という態度でもわかるように、日本人は、たとえば西洋人のように、はっきりと自分の意見を述べる、賛成する反対するがを明確にジャッジする、ということが苦手です。反対意見を唱えられたときには、人格を否定されたと勘違いする人も多いようです。さらに、日本人は、先生と生徒、上司と部下、先輩と後輩、客と店員など、上下の関係性(ヒエラルキー)を重要視しますので、たいてい「上」の立場にいるひとの意見が正しくなりがちです。
西洋の文化・慣習で育ち、子どものころから対話のノウハウを培ってきた人と、上がいつも正しく、上の人間が定めたルールに従って生きてきた人とでは、「対話」の能力に大きな差が出るのは仕方がありません。自分を理解してもらう努力、他人のことを理解しようとする努力が、残念ながら日本人は欠けていると言わざるをえません。人との「対話」に、これまでの人生でどれだけの時間と精神を費やしたかを振り返ってみれば、多くの人が、これまで生きてきた時間で、対話にかけた時間が随分少ないと気づくはずです。
上の立場にいる人間が、「いつも自分が正しい」と疑わず、対話の姿勢を持たない場合、部下は文字通りイエスマンと化してしまいます。仕事で求められるコミュニケーションでは、「会話」ではなく、「対話」の要素が強いように思います。前提・期待・感情をすり合わせる「対話能力」があるかどうかでチームの成果やストレスがずいぶん変わります。
しかし、対話に慣れていない日本人の集団の職場では、まともなコミュニケーションが成立しているケースが、実際どのくらい存在しているのだろうと懐疑的な気持になってしまいます。
上の人は、無条件で自分が正しいと思っていても、多くの場合、なぜ正しいかを言葉で説明することができません。対話の訓練が十分に成されていないので、「人に伝わる言葉で説明する」ことが上手くできないのでしょう。上が常に正しいという社会は、下の人達の思考力を奪います。答えが決まっているのだから、下の人が「考えても意味がない」からです。
他人と意見が合わなかったときにこそ対話が必要なのですが、まずその前に相手のことを尊重しようという姿勢(アクノレッジメント)が何よりも大切です。自分のことを尊重して欲しいのであれば、自分自身も他人を尊重することを忘れてはいけません。自己主張をするだけというのは、他人への礼節を欠く態度です。社会は多様で、様々な価値観の人と共存していかなければ前へは進めません。常に自分は正しいと思うのではなく、「間違っているかもしれない」という余白を残しながら行う対話こそが、真の姿であると思います。
(医療コミュニケーション協会 須田)



















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