私はあなたのことが信用できません。だから、話をしたくないんです

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私はあなたのことが信用できません。だから、話をしたくないんです

ある日の夕方、研修の打ち合わせで東京郊外の病院を訪ねました。外来の時間は終了し、がらんとした広い待合室で、私は事務長がやってくるのを隅の席で待っていました。私の座っている場所から少し離れた席で、顔見知りの看護主任と若い看護師(おそらく看護歴2~3年経験者)が話をしているのが眼に入りました。人の気配のないしんとした外来待合室なので、二人の会話が私の耳にも入ってきます。どうやら、コーチングの実践中だったようです。

これがコーチング?

主任は研修などで身に付けたコーチングのスキルを使いながら、若い看護師の課題を引
き出し、気づきを与え、自らその課題を解決するよう次々とオープン・クエスチョンを重
ねていきます。

若い看護師(名前が分からないのでAさんとします)は、主任の繰り出される質問に悪戦
苦闘しながらも、いかにも自分の中で気づきが生まれたようにコーチングに応えようとし
ています。
Aさん「ああ、そうかー。私ってそこがダメだったんですね」
主任「人に指摘されるより、自分で気づいた方が、より実感するでしょ」
Aさん「要は、自分一人で頑張ろうとしているからいけないんですね」
主任「そうね」
Aさん「みんなに声掛けしてみます。きっと協力してくれると思います」
主任「がんばって」

Aさんは、終始笑顔でこたえていました。
主任の方はコーチングが上手く展開していると思い込み「そうでしょう。私が教えてしま
うより、自分で気づいて『やろう』と決めた方が絶対にモチベーションが上がるし、達成
感が得られるわよね」と言って締め、コーチングの成果に満足している様子。

そのうち、事務長が「お待たせしました」とやってきて、私はその場を離れました。

コミュニケーション研修の功罪

私はこの光景を見て、わずか1~2回のコーチング等のコミュニケーション研修を受けたのち、それを実践することの危険性を考えざるを得ませんでした。

また、別にこのような話も聞きました。ある企業で一般職がアサーション研修を受けたのち、受講者は「自己主張はどんどんするべきなんだ」と曲解し、それまでどちらかというと大人しかった社員たちが、上司に次々と言いたいことを言うような企業文化に変質してしまったとのこと。上司は上司で傾聴の意味をはき違え、部下の言いたい放題をひたすら辛抱して聞き、我慢に我慢を重ね、という悪循環にはまったとの事です。

前例のA看護師と主任のコーチングの実践、それとアサーション研修の失敗事例に接して、私は「安易にコミュニケーション研修は受けるべきではない」、という気持を新たにしました。

わずか1~2回の短時間の研修で、本来は深みのあるコミュニケーション手段の論理やスキルを理解したつもりになり、安易に実践するのは逆効果を生み出すことが多いようです。

私とあなたの間の気づかない溝

最初のA看護師と主任のコーチングを振り返ってみましょう。
私が見る限り、主任はA看護師にコーチングを行っているつもりでしょうが、A看護師は最初から主任に対し防御姿勢で自分を守り、主任が自分の中に入り込んでくるのを拒んでいます。A看護師は主任のオープン・クエスチョンに対し、主任が「こう答えて欲しい」という答えを意識的に作り出し、さも主任の質問に対し気づきが得られたように都合よく回答しています。

つまりA看護師は、コーチングを行う主任に対し、最初から身構えていて、主任のペースに合わせることで、この場を収めようとしているのです。
実は、A看護師は終始、「私はあなたのことを信用していません。だから、話をしたくないんです」という態度で主任に接しているのです。

コーチング等の、相手が主体となりこちらは伴走者として支援するというコミュニケーションの方法を実践する際、習った様々なスキルをいきなり駆使して相手に接しても、決して上手くいきません。「承認」や「質問」や「フィードバック」等のスキルを使えば使うほど、相手にとっては「わずらわしいな。早く終わってほしい」と心の中で感じてしまうのが関の山です。

本当にコーチングによって、相手の成長を高めたいと感じているのなら、そのようなスキルは後まわしにして、とにかく相手の話を真摯に聴くことです。A看護師と主任の場合、昨日まで接していた態度から一転してコーチング的手法を使おうとするからA看護師に身構えられてしまうのです。

まずは、私はあなたの話を心から真剣に聴こうとしています、というこちら側の真摯さを相手にわかってもらうこと。「この人は自分の話をちゃんと聞いてくれそうだ」と相手が感じたときからしか有効なコミュニケーションは始まらないのです。

日本医療コミュニケーション協会では、単発のコミュニケーション研修のご依頼もお受けしますが、深い洞察を得るために、段階的理解を経ながらスキルを高めていく訓練を実施することを推奨し、幅広いコンテンツをご用意しています。まずは、月一開催されるカフェにお気軽にご参加いただければと思います。
(医療コミュニケーション協会 須田)

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