患者さん同士のコミュニケーション

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患者さん同士のコミュニケーション

日本医療コミュニケーション協会では「医療現場におけるコミュニケーションの活性化と問題の解決」を専門に扱いますが、主には医療スタッフ同士、医療スタッフと患者さんという2つのベクトルが中心となります。
ところが、医療の世界にはもうひとつ、患者さんと患者さんの間にも独特のコミュニケーションが発生します。そこに視点を当て論じた文章はあまり見かけませんが、実は入院という世間から切り離された特殊な状況に置かれた人にとって、同じ部屋で1日を過ごす“仲間”は、ある意味で医療スタッフより身近な存在なのかもしれません。

私の入院体験

17年ほど前、私は4週間ほど胆石で入院したことがありました。今でしたら「胆石で4週間入院」はありえない事でしょうが、当時はそれが普通だったのです。6人部屋で私の他には軽度の胃がんの患者さんが2人、肺気胸の患者さんが1人、私と同様胆石の患者さんが2人という状況でした。

私の場合、開腹はせず腹腔鏡を使った遠隔操作の手術で、お腹に3か所穴を開けるだけの割合簡単な手術だったのですが、やはり生まれて初めての手術だったこともあり、入院が決まりいざ病室に入ると不安と緊張と、自分が否応なく「入院患者」であるという事実を突きつけられ気分は落ち込みました。

1日が経ち、2日が経つと、少しずつ病室で過ごすことに慣れてきます。夕刻になり見舞客も途絶え、検査や問診も大方終了すると、もう看護師も部屋に入ってくることはまれになります。すると、就寝までの一時間ほどの間、病室に何ともいえない親和性を醸し出す空気が漂うのを私は感じるようになりました。

2日目の夕食の後、私の向かいのベッドのKさんが「いつ手術でしたっけ?」と私に訊いてきました。「あさってです」と答えると、そこからするすると対話が流れ出し、何とも不思議な「病人同士の連帯感」が生まれるのが意識されました。

患者さん同士の情報交換

Kさんは2週間ほど前に入院しています。食事や入浴の段取り、どの看護師は親身に話を聞いてくれるとか、買い物は午前中より午後の方が売店は空いていて良いとか、晴れの日の夕刻は西病棟の窓から綺麗な夕陽が見られるとか、いろいろな情報を与えてくれました。

そのうちKさんのベッドの隣のIさんも起き出してきて、この病院の院長の娘は出戻りだとか、脳外科の部長はどこかの病院から引き抜いてきたんだとか、そんな俗っぽい話に発展し、今度は私の隣のベッドのAさんが、院長は気が弱いからあの脳外科部長には何も言えない、そのうち乗っ取られるぞみたいな、何故そんなことまで知っているのか、というような話材を披露してきました。

連帯性の発生

あの時の体験は私にはとても貴重なものでした。社会的な地位格差も利害関係も存在せず、隔離された空間の中での“病人”という共通項で繋がる不思議な連帯性。わずか1か月足らずの限定的な時間の中でかなり濃厚な“人間関係”が生まれたのです。

Kさんは従業員200人の食品メーカーの社長、Iさんはある私鉄の駅前にある乾物屋の店主、Aさんは私立高校の教諭です。普通なら社会的な接点を持たないだろうと思われる人たちが対等に“本音”で話せる不思議さを私は意識しました。

Kさんは、私やIさんの前で、「このごろあっちの方がぜんぜんダメでさ」と性的機能の衰えを真面目顔でぼやき、Iさんは「この前、茶髪にしてきた高校生の娘をどなりつけた」話をします。Kさんが会社の社員には話さないこと、Iさんの家庭内の問題点などが、病室という、言ってみれば世間とは隔離された非日常的な場で何の抵抗もなく話されるのです。

共感から友愛へ

ドイツの著名なスピリチュアル系の作家、エックハルト・トールは友愛(Compassion)について次のように語ります。
「相手の苦しみを自分の苦しみのように感じながら一緒にいることが共感であり、共感がさらに友愛まで高まるには、私たちが『いま・ここ』に根を下ろし、自分の内なるからだを感じ、そこにある無条件のやすらかさを感じながら一緒にいることです。そのとき私たちは自分の根本であるいのちに触れており、そうしているときの私たちは、同時に目の前にいる人の根本でもあるいのちに触れている、ということです」(古宮昇:「やさしいカウンセリング講義」より引用)

いささか大げさかもしれませんが、トールが語る「友愛」に近い感情が、あのとき6人部屋の病室の中に確かにあったような気がします。

もちろん、比較的軽い疾患を抱えた患者さんたちの病室に限られた話ではあるでしょうが、患者さん同士の感情の機微に満ちた人間交流をさりげなく見守っていくことも、病棟に詰める医療従事者には時に必要なことのような気がします。
(医療コミュニケーション協会 須田)

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